福岡在住のジャイアンツファン 本とヨガをこよなく愛しヨガ哲学を学ぶ。傾聴やタロットと出会い精進中。 

by jabit0505

孤篷のひと

孤篷(こほう)のひと

著者:葉室麟

茶人、小堀遠州の生涯を描いた作品で
豊臣秀吉、石田三成、沢庵、高虎、徳川家康、家光、伊達正宗、天皇、千利休、古田織部たくさんの偉人達と絡みながら進んでいく。

石田三成『居る場所によってひとの顔が変わるのは相手によって変えるからだ。ひとの顔は相手を映す鏡かもしれぬ。相手を傲慢と見るのは、おのれ心に傲慢さを抱いておるゆえあろう。』

野口嘉則さんの『鏡の法則』を思い出した。

高虎『わしは戦でひとが殺し合う世は好かぬ。天下は泰平であるべきだと思ってきた。太閣殿下は戦から逃れられぬおひとであった。徳川様ならば天下を泰平にできると思ったのだ。つまりわしが天下に仕えるというのは、天下を泰平にしたいというおのれの夢に仕えることなのだ。』

おのれが正しいと思えばこそ、諍いが起こるのでしょうかと訊ねられたおり
『おのれが正しいと思えばこそ決して譲らず相手をののしるのじゃ。だがこの世の諍いはもともとこの世がゆがんでおるゆえに起きる。』
『正しき者ばかりでは諍いは収まらぬ、それゆえ悪人が要るのだ。すべてはこの者が悪いと世間が思えばそれで収まる。』

家康が秀吉に名器、初花を贈った時に、秀吉からその他にもたくさんの宝を持っているであろうと何度も聞かれたときに家康が答えた言葉『それがしの宝とは、主君のためなら水火も辞せずに飛び込む命知らずの家来を五百騎ほど持っていることでござる。』

沢庵『崇伝は名利を求めておる。おのれの忠節が求められ、地位が与えられることを願うておる。石田様は心中に欲を買わず何もない無であった。』

遠州の茶は

ひととひとであるからには心をもって接すれば通じましょう。

茶の湯の席では上様は亭主、百姓、町人ら民は客。

茶席に身分へだてはない。茶の心は亭主が客の心を豊かにするため懸命に努めるところにあるのでは。
飢餓に苦しむ百姓たちを救い、平穏な暮らしを取り戻させるのは亭主の努めでなないかと。


誰もが皆、戦や飢饉や百姓一揆のない泰平の世を願っていたことは間違いない。


茶杓<泪>の章の一節、
この世をよりよく生きたいと願うのは、それだけで罪なのかもしれない。それゆえにひとは時折、茶の席で世俗を離れ、おのれを取り戻すのだ。

現代、茶の席という機会は少ないので世俗を離れ、自分を取り戻すのは瞑想が最適だと思う。

孤篷庵で座禅瞑想が出来たら心の静寂、平穏が味わえそう。

茶人の話は今まで読んだことがなくそれにくわえたくさんの偉人たちが登場し名前が変わったりするので難しいところもあったけれど、葉室麟さんの思いが伝わってくる素晴らしい本。
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by jabit0505 | 2016-12-09 17:43 | | Comments(0)